2013年5月9日木曜日

根津神社と金太郎飴


7/12/2008

根津神社と乙女稲荷

参道にある金太郎飴屋。元祖は根岸にあるらしい。



藍染めの反物屋とかりんとう屋。藍染通りというのがある。昔はこの近辺は湿地帯だったらしい。藍染め川は道路の下。昔は藍染めをやっていたのかな? 反物を見ると、徳島の藍を使って、京織りのようだったが。

根津神社。暴れ者のスサノオが祀ってあるらしい。立派な神社だった。



茅の輪(ちのわ)。通り抜けると縁起がいいらしい・・・

根津神社の脇にひっそりとある乙女稲荷。まるで、スサノオの愛人でも祀ってあるかのようだった・・・



青柳洋介

追伸:

【根津】ねづ
根津権現がある。江戸時代にはその門前に娼家があって繁盛したが、明治中ごろに洲崎へ移された。

乙女稲荷とはそういう意味なのかな?

【洲崎】すさき
江東区木場の東隣の一帯の通称。江戸時代にできた埋立地。1888年(明治21年)に根津の妓楼を移し、洲崎遊郭といった。

【根岸】ねぎし
台東区北部の地区。上野公園の北東。江戸時代には閑静な地で鶯が多かったところから、初音(はつね)の里といった。

追伸:

帰りは谷中を回った。谷中は寺町だったらしい。お寺がたくさんあった。お施餓鬼の季節のようだった。谷中霊園は徳川家のお墓が中心になっていた。そして、日暮里から帰ってきた。帰りに新大久保の高麗参鶏湯に立ち寄った。うまかった~~~、たくさん歩いた後の栄養補給、、、

【施餓鬼】せがき
[仏]飢餓に苦しんで災いをなす鬼衆や無縁の亡者の霊に飲食を施す法会。
盂蘭盆(うらぼん)と混同。(梵語 ullambana 倒懸と訳され、逆さ吊りの苦しみの意とされるが、イランの語系で霊魂の意のurvanとする説もある)

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